【講師著書から読み解くビジネスの真髄】117

夫婦の500日の記録

夫・金子哲雄さんの闘病と看取り、そして死別後の歩みを、妻としての視点から深く掘り下げたノンフィクションです。

故・金子哲雄さんを覚えておられますでしょうか?「流通ジャーナリスト」として独自の視点で消費や経済をわかりやすく伝え、多くのメディアで活躍された方です。軽妙な語り口と確かな分析力で幅広い世代から親しまれ、生活者の目線に寄り添う情報発信を続けてこられました。

金子哲雄さんは病名を公表せず、仕事を続けながら静かに最期の準備を進めたそうです。稚子さんはその意思を尊重し、医療者と連携しながら在宅での看取りを選択。病状が進む中でも、夫婦は日常を大切にし、笑い合い、語り合い、残された時間を「生きる時間」として積み重ねていかれました。 

夫・金子哲雄さんが「余命宣告を受けた日」から「旅立ちの瞬間」、そして「その後の500日」の期間を、「夫婦の500日の記録」であると同時に、「死と向き合うとはどういうことか」を読者に問いかける一冊になっています。

余命宣告から始まる“静かな闘病”

金子哲雄さんは、病名を公表せず、仕事を続けながら闘病する道を選びます。 稚子さんはその意思を尊重し、医療者と連携しながら、夫の「普通の生活」を守ることに全力を注ぎます。

病状が進んでも仕事を続ける哲雄さん/夫の希望を叶えるために奔走する稚子さん・・・病院と在宅医療の狭間で揺れる日々 “病気と闘う”のではなく、“残された時間をどう生きるか”に焦点が当てられます。

在宅看取りを選ぶまでの葛藤と決断

金子哲雄さんは「家で最期を迎えたい」と望みます。 稚子さんは不安を抱えながらも、その希望を叶えるために在宅医療チームと連携し、家での看取りに踏み切ります。

・在宅医療の仕組み

・緩和ケアの実際

・家族が担う役割と限界

・「家で死ぬ」ことへの社会的な誤解

・・・稚子さんは「家族が医療行為をする必要はない」と強調し、在宅看取りの現実を我々に伝えています。

死別後の500日  喪失と再生

夫を看取った後、稚子さんは深い喪失感に沈みます。しかし哲雄さんの生き方を伝えることが自分の使命だと気づき、講演活動や執筆を始めます。悲しみを抱えつつも「死は終わりではなく、残された者がどう生きるかにつながる」と気づき、終活や人生会議の啓発に力を注ぐようになったようです。

喪失の痛みとの向き合い方や、社会とのつながりを取り戻す過程、そして終活・人生会議の啓発活動へとつながる道のりなど、 “死は終わりではなく、残された者の生き方を照らす”というメッセージが込められています。

・・・在宅医療の実際や緩和ケアの重要性、家族が担う役割など、看取りの現場で直面する現実が率直に語られており、

稚子さんは「家で死ぬことは怖くない」と繰り返し伝え、医療チームの支えがあれば家族だけで抱え込む必要はないと強調されています。

最期の瞬間まで哲雄さんの尊厳を守り、本人の希望を叶えるために何ができるのかを模索する姿は、多くの読者に深い共感を呼びます。

・・・同著は、愛する人を看取るとはどういうことか、そして死と向き合うことが“生き方を見つめ直すこと”につながるという普遍的なメッセージを持つ一冊ではないでしょうか?

「い(生・逝)きかた」は自分で決める  〜私たちが行う“人生会議(ACP)”〜』(金子稚子さん

・在宅医療に対する考えが理解できる様になった。最初「死ぬことと生きることは 同じ」の意味が理解できなかったが、講演を開いてなるほどなとわかる様な気がした。

・なかなかむずかしい内容でしたが、今後の自分の生活の参考になりました。ありがとうございました。

・重いテーマだと思っていたが、むしろ“どう生きるか”を考える時間になり、笑いもあり、温かく、自然に自分のこととして考えられた。

・家族に迷惑をかけたくないと思っていたが、親と“人生会議”をしてみようと思えた。 話し合うことが一番の思いやりだと気づいた。

・ACPの“対話のプロセス”が腑に落ち、家族と話すきっかけをもらえた。

・医療・介護の現場のリアルがわかり、備える必要性を痛感した

・「延命治療の選択がどれほど家族を悩ませるか、具体的に理解できた」、「医療者任せにしてはいけない理由がよくわかった」など、医療現場の意思決定の難しさを、一般の人にもわかりやすく伝えてくれる点が高評価でした。 

・ 生きる事の大切な事を教えていただきありがとうございます。療と人間関係の尊さを知り、家で話を思い返し、話合いをしたいと思います。